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スポーツ医との出会いの場

 私が医学部を卒業して医師となり34年目を迎える。奇しくも日本整形外科スポーツ医学会の学術集会も34回目を迎え、その学会長を務めることになったのは誠に光栄であり、また不思議な巡り合わせであり、つくづく有難いことだと思っている。

 中学(愛知県大府中学校)・高校(愛知県立刈谷高等学校)・大学(名古屋大学)と水泳部に所属し、三流水泳選手として活動していたことが縁で、(財)日本水泳連盟の仕事との繋がりができ、スポーツ医学を志したことが主な理由で、整形外科学を専攻することになった。

 当時、『スポーツ外傷』(講談社)という名著を世に出していた名古屋大学整形外科杉浦保夫助教授の下で、スポーツ外傷・障害に関わる臨床研究を開始し、昭和51(1976)年、杉浦先生に連れられて東京・岸記念体育会館で開催された第2回整形外科スポーツ医学研究会(当時はまだ研究会が始まったばかりであった)に参加したのが「整形外科スポーツ医学」との関わりの始まりであった。

 以来、この研究会(後に学会)をはじめ、東海地区スポーツ外傷研究会、東日本スポーツ医学研究会、(財)日本体育協会主催の競技団体関係臨床医相互研修会等、様々な研究会等での発表、討議、書簡のやりとりを通じて、全国の数多くのスポーツ医との交流が広まり、深まっていった。

 これに加えて、(財)日本水泳連盟のナショナルチームのドクターや救護あるいはドーピングコントロールの担当役員等の活動を通して、スポーツ現場で他の競技団体のスポーツ医との話し合い、助け合い、語らいの機会と場が数多くあった。お互いに、白衣ではなく、スポーツウェア姿での素のままの付き合いの積み重ねは、以後の交流をより楽しいものにしてくれたように思う。

 今回の学術集会の企画立案、運営に当たって、これまで出会ってきた数多くのスポーツ医が気持ちよく協力し、支援の手を差し伸べていただいているのは、実に有難いことと感謝している。

 「○○連盟の医事部のドクター・トレーナーに声をかけて、大挙参加させてもらいます」のメッセージを受け取り、スポーツ現場を通した仲間達の結びつきの強さと広がりを改めて認識している。

 スポーツ医学が生まれたのは現場であり、その成果が現れるときもまた現場である。その現場に主軸を置き、現場を持つスポーツ医との出会いの場が、学術集会を通し、さらに広がることを願っている。
                                           (2008年3月13日 武藤芳照)

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2008年03月13日 14:57に投稿されたエントリーのページです。

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